コラム:量子の冬、本格化か!?
- Hideki Hayashi

- 2023年12月24日
- 読了時間: 4分
クリスマスを迎え、いよいよ年末年始が近づいてきました。量子界隈もSNSなどで企業挨拶が増えてきました。
欧米の調査会社やメディアでは本年を総括し、また来年がどのような年になるかを予想する記事が増えています。それらを読んでいると、いよいよ量子の冬が本格化しているのを感じます。
私が目にした幾つかのインタビューやコラムの中からIEEE Spectrumに掲載されたEdd Gent氏による記事を紹介します。
IEEE Spectrum 記事:https://spectrum.ieee.org/quantum-computing-skeptics
「量子コンピュータの革命は、多くの人が信じているよりもはるかに先のことであり、限定的なものになるだろう」という刺激的な一文ではじまるコラム。
その中でまず、MetaのAI研究責任者Yann LeCun氏が、同社基礎AI研究チームの設立10周年を祝うメディアイベントで講演した言葉が紹介されています。「量子技術は興味深い科学的テーマだが、実際に有用な量子コンピューターを実際に製造できるか?については、あまり確信が持てない」と。
続いて、「現時点で業界では膨大な量の誇大宣伝があり、楽観的なものと完全に非現実的なものを区別するのは難しい場合がある」というAWSの量子ハードウェア責任者Oskar Painter氏が述べています。
彼は続けて、「中にはNISQ(ノイズの多い中間スケールプロセッサ)はまだ有用である、という人もいるが、実用的な量子コンピュータを実現するには量子誤り訂正スキームが鍵だろう」、そして「実用化のスケジュールを立てるのは難しいが、私は少なくとも10年はかかると見積もっています」と。
Microsoftで量子コンピューティングの取り組みを主導するMatthias Troyer氏はさらに細かな問題点を指摘しています。
「量子高速化の利益は、発生する膨大な計算オーバーヘッドによって消えてしまう可能性があります」というもの。「量子ビットの操作はトランジスタのスイッチングよりもはるかに複雑であるため、桁違いに遅くなる」と。量子コンピュータが有意義な利点を提供できるアプリケーションの数は、考えられているよりも限定的であることを示唆しています。
テキサス大学オースティン校のコンピューターサイエンス教授であるScott Aaronson氏は、「実用化はまだ遠いと考えていますが、この分野の最近の進歩は実際に楽観的な見方を与えてくれる」と述べ、QuEraとハーバード大学の研究者による280量子ビットのプロセッサを使用して、48個の論理量子ビットを生成できることを実証して点について語っています。
そして紹介されたQuEraの最高マーケティング責任者であるYuval Boger氏は、この結果により一部の人はフォールトトレラントな量子コンピューティングのタイムスケールを再評価するようになった、と伝えています。
全体的に短期的に悲観的でありながらも、長期的にはやはり期待が持てる、という論調ではないかと思います。最後に、現在大事なことは、最も有望な量子コンピューティングの応用に研究者が集中できるようにすることだ、とまとめられています。
続いて、Silliconrepublicの記事ですが、Dell Technologies アイルランドでマーケットディレクターを務める Catherine Doyle氏は23年は生成AIの元年であり、24年は生成AIがビジネスの中で本格化するだろうと予測を語っています。
そしてさらにその後、量子コンピューティングが生成AIを次をレベルに引き上げるだろう、との考えを述べています。特に懐疑的ではなく楽観的ですが、それはまだまだ先の話としているには違いありません。
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私(著者)もこの2年間、翻訳を担当しながら量子業界の状況や、月々に発表されてきた主要論文がどのようなものか見てきました。いつか汎用的にQPUの時代になるだろうという予感は強く持っています。しかしながら現状はまだまだ基礎研究レベルでの飛躍が必要なのではないかと考えていますが、遠からずどこかでそれは起こるだろうという、つまり悲観と楽観を同時に持っているところです。
量子センシングやネットワークに関しては数年後という近い将来、一部の機能であっても人類はうまく量子を操れるところまでいけるのではないでしょうか。そしてそれらの知見もコンピューティングに影響を与えていくでしょう。
1960年前後に第一次ブームを迎えたAIが2023年の現在、生成AIという形で生活やビジネスに浸透しはじめました。量子コンピュータは2000年前後に第一次ブームを迎えており(その後の量子アニーリングを第一次ブームとよぶ説もある)、現在はまだ20数年しか経っていません。
「量子の冬」と言われていますが、まだ幾度か春をそしてまた冬をと、繰り返しが必要なのではないでしょうか。
2024年は、どこまで量子の世界は先に進むことができるでしょうか。期待と共に新年を迎えたいと思います。
h.hayashi
参考)
量子情報の黎明期から第二次ブームまで 井元信之


